私は妊娠6ヶ月だった。
その日の朝、総武快速線に乗った。
通勤時間帯で車内はかなり混雑していた。
座席はほとんど埋まっていて、私は優先席の前に立つことにした。
お腹も少し目立ってきた時期だった。
無理に座りたいわけではなかった。
ただ、赤ちゃんに負担がかからないように、揺れに注意しながら手すりにつかまっていた。
その時だった。
突然、後ろから強い衝撃が来た。
「痛っ……!」
頭に何かが当たった。
振り返ると、後ろにいた男性がつり革を持っていた。
どうやら揺れた拍子に、男性の肘が私の頭に当たったようだった。
私は驚きながらも、冷静に声をかけた。
「すみません、肘が当たっています」
すると男性は、こちらを見ることもなく言った。
「電車が揺れてぶつかっただけです」
謝罪の言葉はなかった。
「大丈夫ですか?」
その一言すらなかった。
私は少し呆然とした。
確かに満員電車だ。
誰かにぶつかることはある。
でも、妊婦のお腹や頭に当たったなら、一言あってもいいのではないかと思った。
さらに数分後。
今度は足に衝撃を感じた。
男性の足が私の足を踏んでいた。
痛みで思わず顔をしかめた。
しかし男性は気づいているのか、何も言わない。
周囲を見る。
優先席には座っている人がいる。
目の前には妊婦マークをつけた私。
それでも誰も声をかけなかった。
「妊婦だから席を譲ってほしい」
そんなことを言いたかったわけではない。
ただ、人として最低限の気遣いが欲しかった。
私は怒鳴ることもしなかった。
その場で写真を撮り、時間と車両をメモした。
もし何かあった時、状況を説明できるように記録だけ残した。
そして次の駅で降りる時、私は駅員さんに相談した。
「大きな怪我ではないですが、妊娠中なので少し不安でした」
駅員さんは真剣な表情で話を聞いてくれた。
「お身体は大丈夫ですか?」
その一言で、張りつめていた気持ちが少し緩んだ。
その後、病院で赤ちゃんの確認もした。
幸い問題はなかった。
でも、あの日感じた怖さは消えなかった。
満員電車では、誰もが余裕を失っているのかもしれない。
でも、目の前にいる人が妊婦だったら。
高齢者だったら。
体調が悪い人だったら。
ほんの少し周りを見るだけで、防げることもあると思う。
「仕方ない」で終わらせてしまったら、同じことが繰り返される。
私は今でも、あの日の男性を責め続けたいわけではない。
ただ、もし同じ場面に遭遇した誰かがいたら、迷わず声をかけてほしい。
たった一言の「大丈夫ですか?」が、人を救うこともあるから。