母が認知症と診断されたのは、数年前のことだった。
物忘れはあったものの、身の回りのことは自分でできていた。
薬を飲み、簡単な料理を作り、近所のスーパーへ買い物にも行っていた。
そのため、家族はまだ一人暮らしを続けられると思っていた。
異変に気づいたのは、ある日の午前中だった。
母から「台所で変な音がする」と電話があり、私は急いで実家へ向かった。
コンロの上には、白い電気ケトルが置かれていた。
ケトルの底は黒く焼け、側面のプラスチックは大きく変形している。
コンロの火は消えていたが、周囲には溶けた部品と焦げ跡が残っていた。
「これ、どうしたの?」
私が聞くと、母は落ち着いた様子で答えた。
「お湯を沸かしたのよ」
「でも、これは電気ケトルだよ。火にかけるものじゃない」
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