パラオの国旗を見るたび、私は少し胸が締めつけられる。
青い空のような背景に、少し左へ寄せられた黄色い円。
初めて見た時は「日本の日の丸に似ているな」くらいにしか思わなかった。
でも、その理由を知った時、言葉を失った。
かつてパラオは日本の統治下にあった。
学校では日本語教育が行われ、多くの島民が日本名を持ち、日本の文化と共に暮らしていたという。
そして1944年から1945年。
太平洋戦争の激戦地となったパラオには、アメリカ軍が迫っていた。
旧日本軍は壊滅状態になりながらも、島民たちを先に避難させたと言われている。
食料も足りず、自分たちが生き残れる保証もない中で、それでも民間人を守ろうとした。
もちろん戦争そのものは悲劇だった。
多くの命が失われ、日本も敗戦した。
だが、極限状態の中で見せたその行動を、パラオの人々は忘れなかった。
戦後、パラオは独立への道を歩む。
その中で語られるようになったのが、「日本への恩義」だった。
有名なのは、初代大統領が天皇陛下に対し、
「パラオを日本の49番目の都道府県にしてほしい」
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