休日の午後。
私は九十九里浜を歩いていた。
波の音を聞きながら、砂浜に落ちている貝殻や小さな石を眺めていた時だった。
「あれ……何だろう?」
足元に、白い小さな欠片が落ちていた。
最初はただのゴミだと思った。
でも、拾い上げた瞬間、なぜか目が離せなくなった。
真っ白な陶器。
表面には細かなひび模様。
長い時間、海の中で磨かれたような丸み。
そして裏側には――
小さな文字が残っていた。
「YOMASHI」
その下に、
「JAPAN」
と書かれていた。
「日本製……?」
私は思わず写真を撮った。
一体これは何だったんだろう。
お皿?
湯のみ?
花瓶?
それとも昔の何か特別な器?
欠けた部分だけでは形が分からない。
でも、この小さな文字だけが、過去から届いた手紙のように感じた。
家に帰ってから、私は写真を拡大した。
文字の部分。
陶器の質感。
焼き方の特徴。
何度も見返した。
「九十九里浜に流れ着いたなら、海を越えてきたものなのかな?」
そんな想像まで膨らんだ。
昔、この地域では海岸に海外から流れ着いた物が見つかることもある。
長い年月をかけて海を旅してきたのかもしれない。
そう考えると、不思議な気持ちになった。
しかし、気になることがあった。
文字の「YOMASHI」。
現在よく知られるメーカー名とは少し違うように見える。
もしかしたら、読み方や文字の一部が欠けているだけなのかもしれない。
あるいは、昔の焼き物工房の印なのかもしれない。
私は陶器に詳しい知人にも写真を見せた。
すると、
「大量生産品の欠片かもしれないけど、こういう古い焼き物の刻印を見るのは面白いね」
と言われた。
価値がある骨董品なのかは分からない。
でも、私にとっては金額では測れないものだった。
なぜなら、この小さな欠片には誰かの生活の跡が残っているから。
昔、誰かがこの器で食事をしたかもしれない。
大切に使っていたかもしれない。
そして何かの理由で割れ、長い年月をかけて海へ流れた。
何十年、もしかするともっと長い時間を経て、今ここで私の手の中に戻ってきた。
たった数センチの陶器。
でも、その向こうには知らない誰かの暮らしがある。
私は今もこの欠片を大切に保管している。
いつか正確な正体が分かる日が来るかもしれない。
でも、分からないまま想像する時間も悪くない。
九十九里浜で偶然拾った白い陶器。
そこに残された「JAPAN」の文字は、
遠い昔と今の私をつないでくれた、小さなタイムカプセルだった。