春先のことでした。
店に来たのは、まだスーツも少し着慣れていない新卒のお客様でした。社会人になった記念に、どうしても新車が欲しいと言います。選んだのはアクア。総額は約230万円でした。
「初めての車なんです」
そう言って見積書を見つめる顔は、本当に嬉しそうでした。こちらまで少し温かい気持ちになるほどでした。
ただ、ローン審査は簡単ではありませんでした。
1社目は年収面で通らず、本人は目に見えて落ち込みました。それでも諦めきれず、2社目に申し込み、なんとか通過。けれど月々の支払いは、かなりギリギリでした。
私は納車前に、任意保険の話をしました。
「車両保険も付けたほうが安心ですよ。新車ですし、ローンも残りますから」
すると彼は、少し困った顔で笑いました。
「入れたい気持ちはあるんですけど、毎月の支払いがきつくて……」
気持ちは分かりました。新卒の給料で、車のローン、家賃、生活費、スマホ代、食費。そこに保険料まで乗ると、たしかに重い。
でも私は、もう一度だけ伝えました。
「事故だけじゃなく、災害でも車がダメになることがあります。もし明日この車がなくなったら、ローンだけ残る可能性があります」
彼は少し考えましたが、最後は首を横に振りました。
「とりあえず車両保険なしでお願いします。安全運転しますし」
その言葉に、私は強くは言えませんでした。保険は最終的に本人が選ぶものです。こちらにできるのは、リスクを説明することだけでした。
納車の日、彼は本当に嬉しそうでした。
ピカピカのアクアの前で、何度もスマホで写真を撮っていました。
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