「お母さんの口座を確認したいのですが」
母が亡くなって数日後、私は銀行の窓口に座っていた。
長い間、家族を支えてくれた母。
父が亡くなった後も、母はいつも穏やかだった。
「心配しなくても大丈夫よ」
私たち子どもが老後を心配すると、母はいつも笑っていた。
そして何度も口にしていた言葉がある。
「お母さんね、老後のお金はちゃんと貯めてあるから」
「たぶん8500万円くらいあると思うの」
最初は冗談だと思っていた。
でも母は真剣な顔で言っていた。
通帳を見せることはなかったが、節約家だった母。
派手な生活もしなかった。
旅行もほとんど行かなかった。
高価な服も買わなかった。
だから私は、
「お母さん、本当に貯めていたのかもしれない」
そう思っていた。
母が亡くなった後。
相続の手続きをするため、私は銀行へ向かった。
必要な書類を提出し、担当者が画面を確認する。
数分後。
銀行員の表情が少し変わった。
「残高ですが……」
私は背筋を伸ばした。
「はい」
「5,421円……です」
一瞬、意味が分からなかった。
「え?」
聞き間違いだと思った。
「8500万円くらいあると言っていたんですが……」
すると銀行員はもう一度確認した。
「申し訳ありません。現在確認できる口座残高は3,421円です」
頭の中が真っ白になった。
母は嘘をついていたの?
あれだけ何度も言っていた「老後のお金」。
8500万円という具体的な数字。
でも銀行の記録には、わずか数千円しか残っていない。
私は帰宅後、母の部屋をゆっくり調べた。
タンス。
引き出し。
古いバッグ。
でも現金も通帳も見つからない。
家族にも連絡した。
「お母さん、本当に何に使ったんだろう」
誰も答えられなかった。
しかし、母の部屋の奥にあった古い箱。
そこには大量の書類が入っていた。
銀行の封筒。
領収書。
契約書。
そして、数年前の日付が入った1枚の紙。
私はそれを見て手が止まった。
そこには、母が毎月欠かさず続けていたある記録が残されていた。
母はお金を失ったのではなかった。
誰にも言わず、別の形で大切に守っていたのだ。
さらに奥から出てきたのは、私たち家族が知らなかったもう1つの事実だった。
母が「8500万円ある」と言っていた理由。
それは、ただ貯金額を自慢していたわけではなかった。
母には、ずっと隠していた目的があった。
数日後、家族全員が集まった席で、私は母が残した封筒を開けた。
中に入っていた1枚の手紙。
そこには母らしい字で、短い文章が書かれていた。
「あなたたちには、最後まで心配をかけたくなかった」
その続きを読んだ瞬間、誰も言葉を失った。
母が守っていた8500万円の本当の意味とは――。