駅の優先席に、靴のまま足を乗せている外国人観光客を見て、私は思わず二度見した。
しかも、その靴は今さっきトイレから出てきたばかりのようだった。
車内は混雑していた。
立っている人の中には、高齢者や妊婦、杖を持った人もいる。
それなのに、優先席の1つを堂々と占領し、靴底を座席の上に置いている。
周囲の乗客は、驚いた顔でその様子を見ていた。
誰かが小声で、
「そこ、座る場所ですよね……」
とつぶやいた。
しかし、本人はイヤホンをつけたまま、スマートフォンを見続けていた。
私は最初、注意するべきか迷った。
相手が外国人だったため、言葉が通じない可能性もある。
けれど、問題は国籍ではない。
優先席に靴を乗せること。
他人が座る場所を汚すこと。
そして、体調の悪い人や高齢者が利用できる席をふさいでいることだ。
私は近くにいた駅員を呼ぶことにした。
「優先席に靴を乗せている方がいます。衛生面も心配です」
駅員はすぐに状況を確認した。
そして、外国人観光客の前で、身振りを交えながら靴を下ろすよう伝えた。
最初、本人は何が問題なのか分からない様子だった。
しかし、駅員が優先席の表示を指し、座席を手で示すと、ようやく意味を理解したらしい。
ゆっくり足を下ろしたが、座席には靴底の跡が残っていた。
駅員は清掃担当者を呼び、消毒用の布で座席を丁寧に拭き始めた。
その様子を見た周囲の人たちから、
「やっぱり、靴のままは困る」
「優先席なのに、ひどいですね」
という声が聞こえた。
しばらくすると、観光客は自分の靴底と座席を交互に見た。
ようやく、自分がしたことの意味に気づいたのかもしれない。
駅員から注意を受けたあと、彼は小さく頭を下げ、次の駅で降りていった。
座席は清掃と消毒が終わるまで、しばらく使用できない状態になった。
私はその光景を見ながら、改めて思った。
日本の電車は、誰か1人だけのものではない。
優先席は、必要な人のためにある。
座席に靴を乗せれば、次に座る人が嫌な思いをする。
まして、トイレを歩いた靴なら、衛生面を気にする人がいて当然だ。
海外から来た人に日本を楽しんでもらうことは嬉しい。
しかし、日本をテーマパークのように考え、何をしても許されると思われては困る。
観光客であっても、地元の人であっても、守るべきマナーは同じだ。
「知らなかった」ではなく、周囲を見れば分かることもある。
次にその席を必要とする人が、安心して座れるように。
最低限の配慮だけは、誰もが忘れないでほしいと思った。