夫のスマートフォンに届いた1通のメッセージを見た瞬間、私は指先が冷たくなった。
「今日は行ける日だよ。ゆりと会えるの、ほんと楽しみ。今日の仕事、乗り越えられそうだ!」
送っていた相手は、私の知らない女性だった。
私は画面を閉じようとした。
でも、その直後に続いたメッセージが目に入った。
「私もだよ。だけど奥さんにバレない? 最近3日連続で家を空けてるんでしょ? 怪しまれない?」
胸の奥が、ずきんと痛んだ。
夫は最近、出張が増えたと言っていた。
月曜日は「取引先との打ち合わせ」。
火曜日は「急な残業」。
水曜日は「そのままホテルに泊まる」。
私は何度も「本当に仕事なの?」と聞いた。
そのたびに夫は、
「疑うなら勝手にしろよ」
と不機嫌そうに答えていた。
しかし、画面の中の夫は、私には見せたことのない笑顔の絵文字を送っていた。
「大丈夫だよ! だって2日間は出張なのは確かだし、3日目なんて延長線じゃん? あと、ゆりに会わないと何も仕事頑張れないよ」
さらに16時には、
「仕事が終わったら夜、美味しいもの食べに行こう。早くゆりに会って、むちゃくちゃにして……」
というメッセージまで送っていた。
私はその場で問い詰めなかった。
怒鳴ることも、スマートフォンを投げることもしなかった。
代わりに、画面全体が分かるように写真を撮った。
日時、相手の名前、会う約束、夫の出張日。
すべてが残っていた。
翌朝、夫は何も知らずに、
「今日も帰りは遅くなるから」
と言った。
私はただ、
「分かった」
と答えた。
その日の午後、私は撮影した写真を持って弁護士事務所へ向かった。
弁護士は画面を確認し、時系列を整理しながら静かに質問した。
「この3日間の行動を裏付ける領収書や交通履歴はありますか?」
私は、夫が捨てずに置いていたホテルの領収書と、クレジットカードの明細も持参していた。
そこには、夫の説明とは違う場所での宿泊記録と、女性と会ったと思われる店の支払いが残っていた。
弁護士は写真と書類を並べ、最後に一言だけ告げた。
「この内容なら、まずご主人に確認する前に、もう少し証拠を集めましょう」
その夜、夫が帰宅した。
私はいつも通り夕食を出し、何も聞かなかった。
夫は安心したようにスマートフォンをテーブルへ置いた。
その画面には、また「ゆり」からの新しい通知が表示されていた。
私は静かにスマートフォンを見つめ、弁護士から渡された封筒を手元に置いた。
夫がそれに気づいた瞬間、笑顔が消えた。