朝から大阪発、東京行きの新幹線に乗っていた。
車内はほぼ満席で、通路を歩く人も多かった。
私は窓側の席で静かに外を眺めていたが、途中の駅で乗ってきた男性を見て、思わず目を疑った。
男性は大きなスーツケースを引きながら、車内の大型荷物スペースへ向かった。
ところが、荷物を置いた場所は、荷物専用の床スペースではなかった。
なんと、座席の上だった。
スーツケースを座席に横向きに置き、背もたれにもたれかけるようにしている。
しかも、男性はスマートフォンを取り出し、その状態を写真に撮っていた。
「えっ、まさか……」
私は思わず画面を二度見した。
その座席を予約していた人が、あとから乗ってきたらどうするのだろう。
大きな荷物を置くために、座席を1つつぶしている。
しかも男性本人は、少し離れた自分の席へ戻って、何事もなかったように座っていた。
近くにいた女性も、困った顔でそのスーツケースを見つめていた。
「ここ、誰かの席ですよね」
小さな声が聞こえた。
私は注意しようか迷った。
相手が逆ギレしたら面倒だ。
しかし、次の駅で乗ってきた男性が、その座席の前で立ち止まった。
手には指定席の切符が握られていた。
「すみません、ここ私の席なんですが……」
スーツケースの持ち主は、ようやく顔を上げた。
「ああ、荷物が置いてあるから、別の席に座ってください」
信じられない言葉だった。
指定席を購入している乗客に、荷物を置いた本人が移動を求めたのだ。
男性は困った様子で車掌を呼んだ。
車掌が状況を確認すると、スーツケースの持ち主は不満そうに言った。
「大型荷物スペースが空いてなかったので、仕方ないでしょう」
私は、先ほど撮影していた写真のことを思い出した。
あれは、置き場所を確認するためではない。
まるで「自分はここに置いた」と証拠を残すような撮り方だった。
車掌は落ち着いた声で、荷物を指定の場所へ移すようにお願いした。
しかし男性は、納得できない様子で首を振った。
「別に誰にも迷惑をかけていませんよ」
その言葉に、車内の空気が凍った。
私は静かに立ち上がり、車掌に声をかけた。
「すみません。駅に着いたら、駅長室へ相談してもいいでしょうか」
男性がこちらを振り向いた。
私はスマートフォンに保存した写真を確認しながら、車掌へ見せた。
そこには、座席に置かれたスーツケースと、撮影時刻がはっきり残っていた。
次の停車駅まで、あと3分。
その写真を見た車掌が、無線を手に取った。