「その化け物みたいな顔、今すぐ帰ってちょうだい」
桜の香り漂う親族控室に、甲高い声が響いた。声の主は、兄・浩司と今日結婚する花嫁の美香だった。純白のドレス姿の彼女の指は、親族席で静かに座る私、賢一に向けられていた。私は怒鳴らなかった。ただスーツの胸ポケットに入れた分厚い封筒を、指先でそっとなぞっていた。周囲の親族たちは一斉に目をそらし、誰も私をかばわなかった。
私の顔の右半分から首にかけて、赤黒く引きつれた大きな火傷の痕がある。30年前、15歳だった私が実家の町工場の火事で負ったものだ。ふざけて薬品を倒した18歳の兄が腰を抜かして座り込む中、私は兄を外へ押し出し、父が命より大切にしていた図面を取りに戻った。焼け落ちてきた鉄柱が右半身を直撃した。命は助かったが、傷は一生残った。それでも兄は一度も謝らなかった。「俺は悪くない。賢一が勝手に戻ったんだ」。親戚の前でそう言い放った。父は工場が燃えたショックで倒れ、数年後に他界した。兄は「俺には関係ない」と東京の大学へ逃げるように進学し、私は高校を中退して1人、旋盤の前に立ち続けた。
5年前、母は病床で私の傷だらけの手を握り、こう言い残した。
「浩司を見捨てないで。あの子は昔から心が弱いの」。私はその約束を守るため、兄の理不尽に耐え続けてきた。2年前、桜テックに入社した兄は突然工場に現れ、油まみれの床に膝をついた。「頼む、賢一。俺が考えた基礎案だ、形にしてくれ」。渡された図面には重要な数値が抜け落ちていた。私は自分が何年もかけて研究していた次世代モーターの構造を完成させ、渡した。
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