「タクシーで帰ります」と言った部下は、その日のうちに亡くなった
もう10年以上前の話になります。
でも、いまでもふとした瞬間に思い出して、胸がきゅっと苦しくなります。
あの日の朝。
出勤して間もない時間でした。
まだ若い部下が、少し顔をこわばらせて、私のところに来て言いました。
「なんか、胸が少し苦しいような感じがして……
今日は休ませてもらって、家で横になってもいいですか?」
声はふつうに出ているし、歩いてもいる。
見た目だけなら、「ちょっと体調が悪いのかな?」という程度。
でも、そのとき、私の頭の中には一つの言葉が浮かびました。
――心臓。
胸の違和感=心筋梗塞の前触れ、という話は何度も聞いていました。
だから私は、すぐにこう言いました。
「胸が苦しいなら、今日は帰るんじゃなくて病院。
私が119番するから、救急車で行こう。」
そう言って、電話を手に取りかけたそのとき、
彼は慌てて手を振って言いました。
「いやいや、そこまでは大げさですよ。
タクシーで家に帰って寝れば大丈夫ですから。
タクシーがつかまらないようなら、すみませんけど、途中まで乗せてってもらえませんか?」
ここで、私は迷いました。
「これは危ないかもしれない」という“直感”と、
「本人が大丈夫だと言っているから」という“遠慮”。
結局私は、彼の希望を優先してしまいました。
「わかった。じゃあ、途中まで車で送るよ。
でも、無理は絶対しないこと。おかしかったら、すぐ病院。」
自宅近くまで来ると、彼がこう言いました。
「この先に耳鼻科があるので、そこで降ります。
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