司法試験に合格した翌月、婚約者の沙也加が病気で亡くなった。あの現実だけは、いまでも言葉にするたび胸の奥が鈍く痛む。
幼い頃、偶然見た海外ドラマの老弁護士に憧れた。弱きを助け、強きを挫く――暴力ではなく理性で問題を解決する姿が、まるで本当のヒーローに見えた。だが、私は才能に恵まれた側ではない。成績は平凡で、進学も就職も「努力でなんとか届いた」程度だ。
それでも諦めなかったのは、いつも隣で笑ってくれる人がいたからだ。
沙也加。高校の部活で泣いていた彼女を、私はただ一言「頑張ってきたじゃないか」と励ました。それがきっかけで、私たちは長い時間を共に歩いた。別々の大学へ進んでも、将来の約束だけは揺らがなかった。私はパラリーガルとして法律事務所で働きながら、期限の五年を「ここで区切り」と決めて勉強を続けた。睡眠を削り、食事を削り、時に心が折れかけても、沙也加は言い続けた。
「あなたならできる。頑張ってきたじゃない」
最後の年。二十八歳の私は、必死で机に向かった。合格発表の日、掲示板に自分の番号を見つけた瞬間、膝が震えた。泣きたかった。
真っ先に報告したかった。――だが、沙也加には繋がらない。メールも返ってこない。嫌な予感を押し殺して、私は彼女の実家へ向かった。
玄関に出てきた母親の顔は、疲れ切っていた。父親も同じだった。言葉にならない沈黙の後、二人は震える声で告げた。
「沙也加、もう長くないの」
一年前からの癌。私に知らせれば試験に集中できないからと、沙也加は口止めしていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=UM0YEn8VN5I,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]