30年ほど前、私は南米ブラジルに旅行に行きました。その時に訪れたのが、世界的に有名な観光地「イグアスの滝」でした。滝の壮大な景色を楽しみにしていた私は、観光地の中にある有料トイレの入口で思いもよらぬ光景に出くわしました。今でも、その瞬間のことが私の目に焼き付いて離れません。
そのトイレの入り口には、みすぼらしい男性が座っており、入場料金を受け取っていました。
彼の服装や姿勢は、正直なところあまりにも貧相で、周囲の景色とはまったく異なる印象を与えていました。男性が受け取ったお金の中には、シワだらけでボロボロになった紙幣が含まれており、その状態に私は驚かされました。触るのにも抵抗を感じるほどでしたが、彼はその紙幣を何の疑問もなく受け取っていました。
その時、私の周りには多くの観光客がいました。皆、まさかこんなところでこんな光景を目の当たりにするとは思っていなかったでしょう。その中で、私の目を引いたのは、前に並んでいた白人の男性でした。彼は、男性が渡した汚れた紙幣を普通に受け取り、「Thanks」と感謝の言葉を述べていました。何も気にすることなく、その場を去っていったのです。
彼の反応は、まさに私が考えていた「普通」とはまったく異なっていました。
イグアスの滝の美しい景観よりも、その光景が私の心に強く残りました。滝の迫力や自然の偉大さを感じるのも大切ですが、この瞬間の「普通」の違いこそが、私にとって最も強烈な印象を与えたのです。異国の地で、私の中にある「普通」が崩れ去る瞬間を見たような気がしました。
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