夕暮れの駅前通りを抜け、公園の入口に差しかかったとき、胸の奥に沈んでいた屈辱がふいに浮き上がった。数時間前、俺は婚約者の家で静かに頭を下げ、そして静かに追い返された。理由は明快だった。実家が貧しい農家であること。それだけで、未来を語る資格すらないと言われたのである。
「結婚は家と家の釣り合いよ。あなたのご実家では……こちらが困るの」
婚約者は視線を逸らし、彼女の母親は最後まで丁寧な口調を崩さなかった。丁寧であるほど残酷だった。俺は反論を飲み込み、指に残った婚約指輪の痕を見ないようにして家を出た。努力で埋められない壁があるのだと、初めて突きつけられた夜だった。
公園のベンチに腰を下ろした俺の耳に、ビニール袋の擦れる音が届いた。視線を向けると、噴水の陰で一人の女性が段ボールを抱えていた。年齢は分からない。髪は乱れ、コートは薄く、手は赤く荒れている。それでも目だけは澄んでいた。何かを諦めきっていない目だった。
彼女は俺の視線に気づくと、逃げるように身を縮めた。俺は慌てて首を振り、距離を保ったまま声をかけた。
「……寒いだろう。
これ、よかったら」
自販機で買った温かい飲み物を差し出すと、彼女は警戒しながらも受け取り、短く礼を言った。名前を聞くのは無粋だと思い、俺はそのまま立ち去ろうとした。だがその瞬間、胸元の小箱が指に触れた。婚約指輪が入っている。俺にとっては、捨てられた未来の象徴だった。
箱を開けると、そこにはダイヤが静かに光っていた。高価な品であることは確かだ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=iNXGA71ONEU,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]