北朝鮮に連れ去られた横田めぐみさんは、平壌近郊の大安里で夫キム・ヨンナムさん、娘ウンギョンさんと暮らしていたとされる。近くには他の日本人拉致被害者もおり、限られた環境の中で互いに支え合っていたという。 しかし、めぐみさんの胸の奥には、消えることのない思いがあった。 「日本に帰りたい」
「家族に会いたい」 その願いは、やがて危険な行動へと変わる。1990年冬、めぐみさんは住んでいた大安里を抜け出し、平壌の順安空港を目指したとされる。距離は約7キロ。歩いて行けない場所ではなかった。だが、厳しい寒さの中、途中で力尽きるように引き返したという。 それでも、彼女は諦めなかった。1994年2月、今度は日本海側の元山を目指した。そこには当時、新潟と北朝鮮を結んでいた万景峰92号の存在があった。船に乗れば日本へ帰れるかもしれない――その一心だったのかもしれない。 だが、この脱走も失敗に終わる。彼女は途中で発見され、連れ戻された。 北朝鮮の工作機関が管理する特殊区域から無断で出ることは、重大な反逆行為と見なされる。
関係者の処罰にもつながりかねない危険な出来事だった。帰国した拉致被害者らの証言によれば、蓮池薫さんたちが必死に幹部へ懇願し、中央への正式報告は避けられたとされる。 しかし、めぐみさんはもう同じ場所に置いておけない存在と判断された。 1994年3月中旬、彼女は平壌から遠く離れた精神病院へ送られることになった。表向きは治療。しかし実態は、脱走を繰り返した人物を隔離するための措置だった可能性が高い。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=CVIVVYQJgbU,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]