葬儀が終わって三週間、私は初めて自分の通帳を開いた。
九十を超えていた母を一人で看取ったあとの、静かすぎる台所で。
そこに並んでいたのは、見覚えのない請求書の束――
消費者金融、クレジット会社、保証会社。
合計、四百万円。
そのすべてが「相続」として、私の名前に変わっていた。
私は、その場で膝から崩れ落ちた。
母は、食事のたびに手を合わせる人だった。
認知症が進み、私を弟の名前で呼ぶこともあったが、
それでも必ず「ありがとう」と言った。
その一言に救われながら、私は毎日を耐えてきた。
夜中に呼ばれ、オムツを替え、
自分の生活など考える余裕もなかった。
役所の手続きをしている間、
親族は口を揃えて言った。
「大変だったね」「よく頑張ったね」。
だが、誰も借金の話はしなかった。
調べて初めて知った。
相続放棄には期限があり、三か月を過ぎれば、
借金もすべて引き継ぐことになると。
その締切は、もう二週間前に過ぎていた。
その夜、私は台所で一人、
「もっと早く逃げればよかった」と呟いた。
母を見捨てるという意味ではない。
自分の人生を、誰かの役目として使い潰される前に、
どこかで立ち止まるべきだったのだ。
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