一九八五年一月二十三日、松田聖子は涙を浮かべながら、記者たちの前に立っていた。
「好きで愛し合って別れるんだから、今度生まれ変わってきた時には、きっと一緒になろうねって言いました」
その言葉は瞬く間に全国へ流れ、昭和芸能史に残る名場面として語り継がれることになる。だが、その一方で、もう一人の当事者である郷ひろみは、ほとんど何も語らなかった。
彼は後年、「会見することも知らなかった。あんなセリフも言っていない」と明かしたとされる。そして、冗談めかしてこう言った。
「僕が生まれ変わって虫だったらどうする気だろう」
その一言には、笑いだけでは片づけられない苦味が滲んでいた。
郷ひろみ、本名・原武裕美は、一九五五年、福岡県に生まれた。父の転勤で東京へ移り、少年時代は野球選手を夢見ていた。芸能界とは無縁の少年だったが、十五歳の時に受けたオーディションで、ジャニー喜多川氏の目に留まる。そこから人生は一変した。
一九七二年、「男の子女の子」でデビュー。中性的な美貌、独特の歌声、鮮やかなステージングで、郷ひろみは一気にスター街道を駆け上がる。
西城秀樹、野口五郎と並び「新御三家」と呼ばれ、昭和の女性たちを熱狂させた。
そんな彼に強く憧れていたのが、福岡出身の少女、松田聖子だった。デビュー前から郷のファンで、コンサートにも足を運んでいたという。やがて一九八〇年、聖子は「裸足の季節」で歌手デビューし、「青い珊瑚礁」で国民的アイドルへと駆け上がる。
憧れの人と、同じ芸能界に立つ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=1hLtPZ5gcvQ&t=3s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]