一九八九年十二月三十一日、夜。紅白歌合戦で日本中が年の瀬に沸くその時間、東京・新高輪プリンスホテルの会見場には異様な緊張が漂っていた。
金屏風の前に現れたのは、中森明菜さん。短く切られた髪、疲れ切った表情、細い声。それでも彼女は、二百人を超える報道陣の前で深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
その姿に、多くの視聴者は違和感を覚えた。
なぜ彼女が謝っているのか。傷ついたのは、明菜さん自身ではなかったのか。
当時の明菜さんは、日本を代表するトップアイドルだった。十代でデビューし、『少女A』で一気に注目を集め、その後もヒット曲を連発。十六曲連続でオリコン一位を獲得し、歌手として絶頂期にいた。だが、華やかなステージの裏で、彼女は常に誰かのために生きていた。
幼い頃から決して裕福ではなかった家族を支え、売れっ子になってからは家族のために大きなビルまで建てたとされる。自分の幸せより、家族の喜ぶ顔を優先する。そんな彼女が、次に全身全霊で愛した相手が、近藤真彦さんだった。
二人の出会いは、映画での共演をきっかけとされる。
近藤さんは当時、ジャニーズを代表する人気アイドル。明菜さんにとっては、憧れの存在でもあった。やがて二人は交際に発展するが、アイドル同士の恋愛は公にできない時代だった。密かに会い、周囲の目を避けながら、明菜さんはその恋を六年間守り続けた。
彼女は結婚を信じていたとも言われている。報道では、近藤さんとの将来の新居資金として八千万円もの大金を渡したという話も語られてきた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=k8W7dHW8ekU&t=1s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]