ねえ、もし自分の子が「学校に行きたくない」と言い続けていたら、私たちはどこまで気づけると思いますか。
関東の住宅地にあるごく普通の公立中学校で起きた事件。長い間いじめを受けていたとされる男子生徒が、同級生の首を刃物で切り付け、傷害の疑いで逮捕されました。報道だけ見ると「加害者の少年」。でも背景を思うと、単純な話ではないと感じてしまいます。
近所の人の話では、その子はおとなしく、いつも一人で登下校していたそうです。家は共働き家庭。母親はパート、父親は帰宅が遅い仕事。夕方、リビングで宿題をしている姿をよく見かけたといいます。決して問題のある家庭ではなく、むしろ「どこにでもある普通の家族」。
でもその「普通」が、実は限界だったのかもしれません。
学校ではからかいや無視が続き、周囲も「よくあること」と流す。家では心配をかけまいと黙る。大人が気づく頃には、子どもの心は追い詰められていた——そんな構図が見えてきます。
もちろん暴力は正しいとは言えません。でも、「なぜここまで放置されたのか」という視点を外して、この事件は語れないと思うのです。
いじめが犯罪に近い行為であるのに、「学校内の問題」として処理され続けてきた結果ではないでしょうか。
一番の被害者は、助けを求める方法を知らなかった子どもかもしれません。
私たちの世代は、子どもを持つ人も多いはず。
「大丈夫?」の一言、本当に届いていますか?
学校や社会は、今のままで子どもを守れていると思いますか?
あなたはこの事件、どう感じましたか。
コメントで意見を聞かせてください。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]