昭和から平成にかけて、日本のテレビ界には、家族のようにお茶の間へ笑顔を届けたスターたちがいた。だが、その輝きの裏で、晩年に貧困や孤独、病と向き合った人々も少なくない。
トニー谷は、毒舌と軽妙な司会で一世を風靡した男だった。だが、息子の誘拐事件を機に世間の目は冷たくなり、人気は急落。晩年は地方巡業で生活を支え、肝臓がんで静かに世を去ったとされる。
ザ・クレイジーキャッツを支えた桜井センリもまた、画面から姿を消した後は孤独な生活を送った。かつて笑いと音楽を届けた部屋には、埃をかぶったピアノだけが残されていたという。
「水戸黄門」で国民に愛された西村晃は、知人の債務保証で多額の借金を抱え、妻を亡くした悲しみから酒に頼る日々を送ったと伝えられる。正義を演じた名優の現実は、あまりにも重かった。
淡路恵子は、映画とテレビで華やかに生きた女優だった。しかし、離婚、借金、息子たちとの別れなど、数々の悲劇に見舞われた。晩年はゲームを心の支えにしながら、気品を失わず生き抜いた。
牧伸二は、ウクレレ漫談で日本中を笑わせた。しかし病後、芸の衰えと仕事の減少に苦しみ、最後は多摩川で自ら命を絶った。
明るい笑いの裏には、深い孤独が隠されていた。
萬屋錦之介は、時代劇の頂点に立った大スターだった。だが、制作会社の倒産や借金、難病に苦しみ、かつての豪華な暮らしから遠く離れた晩年を送ったという。
桜むつ子は、温かな母親役で親しまれた名女優だった。だが仕事は減り、団地の一室で誰にも看取られず亡くなったとされる。その最期は、昭和の温もりが失われた時代を象徴していた。
ポール牧は、指パッチンで一世を風靡した芸人だった。事業の失敗、借金、仕事の激減、うつ病。笑いを生む者ほど、心の痛みを隠していたのかもしれない。
そしてE・H・エリック。ビートルズ来日公演の司会を務めた知的なタレントも、晩年は病と経済的苦境の中で静かに人生を閉じた。
彼らは忘れ去られた存在ではない。テレビが最も熱かった時代を支えた、確かな伝説である。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=1C1qX3m0Okc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]