玄関の鍵を回した瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。家の中から、息の乱れた声と、見慣れない男の低い笑いが漏れていたからだ。
私は黙って靴を脱ぎ、廊下の電気も点けずにリビングへ向かった。扉の隙間から見えたのは――乱れた衣服、倒れたクッション、そして妻・由美が、見知らぬ男に抱き寄せられている光景だった。
思考が止まる。脳が現実を拒否する。
だが、男は私の存在にすぐ気づいたらしく、こちらを見て口角を歪めた。刺青を覗かせた腕。薬品のように冷たい目。間違いなく、堅気の人間ではない。
「おっさん、邪魔だ。コーヒー買ってこいよw」
部屋の奥には、同じ匂いを纏った男が数人、ソファに腰を下ろしていた。幹部格だろう。彼らは「夫が戻ってきた」という事実を娯楽に変えたかのように、面白がって私を値踏みしていた。
由美は私を見た。だが、助けを求める目ではない。むしろ、言い訳の言葉を探しているような、薄い焦りだけが揺れていた。
私は一度だけ息を吸い、平坦な声で答えた。
「了解です」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。怒鳴ることも、殴りかかることも簡単だった。
しかし、それをしたところで、ここにいる男たちの世界の作法に飲み込まれるだけだ。私は、靴紐を結び直すような所作で踵を返し、玄関を出た。
外の冷気が、ようやく私の頭を冷やした。
――由美が、よりにもよって。
――この家に、彼らを入れた。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=L_s4PDq0rL8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]