「とろいんだよ。だから中卒の低学歴は困るんだよ!」
取引先の会議室に響いた怒声に、私は思わず足を止めた。相手は英社の営業部長・尾崎。体育会系の威圧感そのままに、コピー機の前で縮こまっているアルバイトの女性へ、容赦なく罵倒を浴びせていた。
――その横顔を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。
万理香(まりか)。
小学生の頃、いじめられっ子だった私を救ってくれた幼馴染だ。
運動も勉強もでき、皆に「天才」と呼ばれた彼女は、弱い者を守ることに迷いがなかった。泣きながら教室の隅で耐える私に、いつも言ってくれた言葉がある。
「正くんは強いよ。もっと自信持って」
あの一言が、私の人生を繋いでくれた。だからこそ、目の前で頭を下げ続ける彼女の姿が信じられなかった。
私はその場でコピー機を覗き込み、原因を見抜いた。トナー切れだ。淡々と交換し、紙が鮮明に出力されると、尾崎は鼻で笑った。
「へえ、社長さんは雑用もできるんですねえ」
私は言い返さなかった。取引の席に感情を持ち込むのは得策ではない。ただ、万理香にだけ小声で伝える。
「……久しぶり。覚えてるか」
彼女は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を落として「どうも」と短く答え、逃げるようにその場を去った。
あの頃の、凛とした背中はなかった。
私はITベンチャーを起業して九年、社員は百名を超え、業界では若手経営者として名が知られるようになった。だが、その根っこにあるのは、万理香の言葉だ。彼女がいなければ、私は不登校になり、今の場所に立てていなかっただろう。
それから英社へ行くたび、私は万理香の姿を探した。だが彼女は、私を見つけると避けるように消えた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=y_qJZGn6Rz4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]