外国人選手が一斉に解雇された――その知らせは、異国の地で最後の挑戦を続けていた佐々木みきさんの心を、静かに打ち砕いた。
佐々木みきさんは一九七六年、北海道室蘭市に生まれた。中学一年でバレーボールを始めると、すぐに周囲を驚かせる才能を見せる。高い身体能力、鋭い反応、そして迷いのないスイング。まだ幼さの残る少女だったが、コートに立つと空気が変わった。
ほどなく全国強化選手に選ばれ、さらにオリンピック有望選手にも名を連ねる。誰もが「この子は日本代表まで行く」と期待した。本人もまた、その期待を背負いながら、北海道の冷たい空気の中で黙々とボールを追い続けた。
登別大谷高校へ進学すると、その名はさらに広がっていく。春高バレー、インターハイに出場し、世界ユース選手権、アジアジュニア選手権では準優勝を経験。国内だけでなく、世界の舞台でも戦える選手として成長していった。
高校卒業後、佐々木さんはダイエー・オレンジアタッカーズへ入団する。そこで彼女の武器となったのが、高い打点から叩き込む豪快なスパイクだった。相手ブロックの上から撃ち抜くような一撃。
観客席からはどよめきが起こり、味方の空気は一気に熱を帯びた。
一九九七年にはVリーグ優勝に貢献。その後、東レアローズへ移籍してからも勢いは止まらない。チーム初優勝へ導き、最高殊勲選手賞、最多得点、ベストシックスなど、数々の栄誉を手にした。破壊力抜群のバックアタックは、日本女子バレー界でも屈指と呼ばれた。
そしてアテネオリンピック出場。
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引用元:https://www.youtube.com/shorts/et8xhL3Wgwk,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]