十四日間、その遺体は誰にも引き取られなかった。
二〇二二年七月、東京・渋谷区の遺体保管施設。冷たい蛍光灯の下で眠っていたのは、かつてアメリカでゴールデングローブ賞を受賞した国際女優、島田陽子さんだった。報道によれば、ドライアイス代は一日六千円ずつ積み重なり、親族による引き取りも難航したという。理由として語られたのは、五億円とも言われた借金だった。
華やかな女優人生の最後としては、あまりにも寂しい幕引きだった。
島田陽子さんは一九五三年、熊本県に生まれた。三人姉妹の長女として育ち、幼い頃からバレリーナを夢見ていた。東京へ移った後もバレエを続けたが、中学生の頃に劇団若草へ入り、女優の道へ進む。しなやかな身のこなし、清らかな表情、どこか影のある瞳。その存在感は、すぐに周囲の目を引いた。
一九七一年、ドラマ『続・氷点』で一気に注目を浴びる。最終回の視聴率は四十二・七パーセント。まだ十代だった彼女は、国民的女優の階段を駆け上がった。その後も『砂の器』『犬神家の一族』『白い巨塔』などに出演し、清純派女優としての地位を確立していく。
そして一九八〇年、運命を変える作品に出会う。アメリカNBC制作のテレビドラマ『将軍 SHOGUN』で、ヒロイン・マリコを演じたのだ。この作品は全米で大ヒットし、島田さんは翌年、日本人女優として初めてゴールデングローブ賞を受賞する。白いドレスで授賞式に立つ姿は、まさに日本が世界へ誇った瞬間だった。
だが、その輝きの裏で、人生は少しずつ崩れ始めていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=4R_T16IiHcI&t=6s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]