「里谷多英 まさかの現在」――その名を聞けば、冬の歓声と、氷点下の空気が一瞬でよみがえる。小学生で全日本選手権を史上最年少で制覇し、1996年にはワールドカップで頂点へ。天才という言葉が追いつかない速度で、彼女はモーグル界を駆け上がった。だが栄光の背後には、誰にも見えない“転落の予兆”が静かに潜んでいた。
翌年、最愛の父が急逝する。高地での激しいショックに、引退すら頭をよぎったという。それでも胸を貫いたのは、父が残した「成績よりも、よい滑りを」という言葉だった。1998年、長野五輪。彼女は父の写真を胸ポケットに忍ばせ、モーグルに出場し、見事金メダルを獲得する。表彰台で見せた笑顔の奥に、喪失と決意が同居していた。
しかし、その後は順風満帆ではない。成績低迷、足首の骨折。追い詰められながらも踏みとどまり、2002年のソルトレイク五輪で銅メダルを獲得。翌年、一般男性と結婚し、人生はようやく安定へ向かう――誰もがそう信じた。
転機は2005年。クラブでの騒動により、暴力行為の疑いで書類送検。
所属のフジテレビからは“出演禁止”処分を受け、離婚も経験し、強化選手から外される。メダリストの名声が、逆に重くのしかかる時間が始まった。それでも彼女は一人でトレーニングを続け、二度の五輪出場を果たすが、メダルには届かない。そして2013年、ついに引退を決断する。
ここからが「まさかの現在」だ。競技の表舞台から降りた彼女は、フジテレビ局員としてイベント営業に配属され、「まずは三年頑張ろう」と第二の人生をスタートさせる。現在はイベント関連部のプロデューサーとして企画を切り、営業でも“メダリストの知名度”を武器に現場を動かす。コメンテーターとしての顔も持ち、時に鋭い言葉で空気を整える。
さらに周囲が驚くのは、スタイリッシュさのために職場の7階まで階段を使う姿が見かけられるという点だ。かつて雪面を蹴り上げた脚で、今は企画書と現場を駆ける――栄光も転落も抱えたまま、彼女は“別の勝負”を続けている。これが、里谷多英のまさかの現在である。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=sjqxMX5laCQ,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]