「座席にスーツケース置くの、やめてもらえますか?」
静まり返った新幹線の車内でそう言った瞬間、相手はゆっくり顔を上げ、大きく目を動かし、はっきり聞こえる舌打ちをした。周囲は全員見ているのに、誰も口を出さない。空気だけが一気に重くなった。
車内は、ページをめくる音が聞こえるほど静かだった。
だからこそ、その舌打ちは妙に響いた。
相手は何も言わない。スマホを見たまま、完全に無視。
座席の上には大きなスーツケース。車輪はまだ濡れている。
私はもう一度だけ、声の調子を変えずに言った。
「みんな座る場所なので…」
相手は肩を揺らし、鼻で笑ったような息を漏らした。
小さな声で何かつぶやいたが、聞こえなくても意味は伝わる。
「うるさいな」――そんな空気。
胸の奥がじわっと熱くなる。
正しいことを言っているはずなのに、なぜか私の方が悪いことをしたような視線が集まる。
周囲の人たちは気づいている。
でも、誰も関わらない。
視線は一斉に本や窓の外に逃げていく。
この沈黙が一番つらい。
私はもう言葉を飲み込んだ。
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