一九八〇年代から九〇年代にかけて、日本中を熱狂させたガールズバンド、プリンセスプリンセス。奥居香、 中山加奈子、渡辺敦子、今野登茂子、富田京子の五人が放った輝きは、今なお色あせていない。
彼女たちの始まりは、華やかな成功とは程遠いものだった。一九八三年、TDKレディスバンドオーディションで選ばれた五人は、最初から仲間同士だったわけではなく、それぞれが楽器ごとの審査を勝ち抜いて集められた存在だった。
当初の名前は「赤坂小町」。ロックバンドとして夢を抱いていたものの、実際にはアイドル路線で売り出され、本人たちの望む音楽とは違う仕事も多かった。
その後「ジュリアン・ママ」を経て、ついに「プリンセスプリンセス」として再出発する。彼女たちは、誰かに作られたイメージではなく、自分たちの言葉と音で勝負することを選んだ。自作曲にこだわり、ライブを重ね、少しずつ観客の心をつかんでいった。
転機となったのは「MY WILL」がCMソングに起用されたこと。そして一九八九年、女性だけのバンドとして初の日本武道館公演を成功させる。
同じ年、「Diamonds」がオリコン一位を獲得し、六十七週にわたるロングヒットを記録。時代が昭和から平成へ移る中、プリプリはまさに新しい時代の象徴となった。
さらに、カップリング曲だった「M」も伝説になった。ドラムの富田京子が失恋した時、奥居香が「その気持ちを歌にして仕返ししよう」と声をかけて生まれた曲である。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=vqNYkdx6nmI,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]