西村泰彦氏が宮内庁長官を退任した日、記者席の空気は妙に乾いていた。定型のあいさつで終わる――誰もがそう踏んでいたのに、彼の表情だけが、不自然なほど晴れやかだったからだ。ある宮内庁担当記者は、オフレコで私にこう囁いた。「あの笑顔は“解放”の笑顔ですよ」と。
二〇二五年十二月二十五日、退任会見。西村氏は慎重な口調を崩さず、それでも一言だけ、永田町に刃を残した。
「拙速な議論は避けるべきだが、早く多くの国民が受け入れ、支持してくれる案を作っていただきたい」――。
官僚的な言い回しに見えて、その実、数字の匂いが濃い。“多くの国民”。いま国民が何を望んでいるか、誰より知っている者の言葉だ。愛子さまをめぐる議論が長引くほど、皇室と政治の溝が深まることも。
西村氏は、上には「伝統」を盾に譲らぬ政治家、横には体面を重んじる関係者、下には説明不足に苛立つ世論――その板挟みで、言葉を選び続けた男だった。言いたいことを飲み込み、あえて“黒子”を演じた時間の重さが、退任の微笑みに滲んでいた。
後任は黒田一郎氏。就任会見では「微力ながら尽力したい」と述べたが、宮内庁長官にできることは限られる。
典範の改正も、最終的に動かすのは政治だ。そして政治を動かすのは、理念だけではない。利害と面子――永田町の古い熱が、二〇二六年に向けて再び温度を上げている。
水面下では「二〇二六年の節目」に合わせ、皇室の将来像を既成事実化する“計画”が練られている、と囁かれる。だが西村氏が残した「国民の支持」という楔は、その計画の速度を鈍らせる。
支持を得られない道は、いつか必ず行き止まるからだ。
愛子さまは、公務の場で言葉を選び、所作を正し、静かに信頼を積み上げてこられた。その光が強まるほど、政治の側の焦りは濃くなる。比較されること自体が、ある勢力には“都合が悪い”のだ。
だからこそ問われる。二〇二六年、永田町の思惑が先に走るのか、それとも「多くの国民が支持する案」が正面から形になるのか。
西村氏の退任は終わりではない。むしろ、幕が上がった合図だった。
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