銀行の窓口で、元請会社の岸谷社長は苦い顔をしていた。
振り込む金額は、1億730万円。
本来の代金は1億円だった。
増えた730万円は、半年間支払いを放置したことで発生した遅延金だった。
町工場を経営する僕にとって、この1億円は単なる「売掛金」ではない。
材料を買い、従業員に給料を払い、新しい設備を導入するための大切な運転資金だ。
それでも岸谷社長は、支払日になるたびに言った。
「来週でいいですかね」
「今回だけ頼みますよ」
「半年後には絶対払うから」
最初は催促した。
だが同じことが何度も続き、僕は途中から考え方を変えた。
この会社が変わることを期待するのではなく、自分たちがこの会社に依存しない体制を作ろう、と。
支払いを待つ半年間、僕は新しい取引先を探し続けた。
そして半年後。
岸谷社長がようやく払おうとした時、請求書には遅延金が加わっていた。
「なんで730万円も余分に払わなきゃならないんだ!」
怒る岸谷社長に、僕は顧問弁護士とともに支払いを求めた。
最終的に岸谷社長は1億730万円を振り込み、僕は入金を確認した。
そこで、もう一つ伝えた。
「今後、御社との取引は控えさせていただきます」
岸谷社長は、こちらが困ると思っていたらしい。
だが半年間に開拓した新規取引先のおかげで、すでに彼の会社がなくても工場は回る状態になっていた。
困ったのは、むしろ岸谷社長のほうだった。
直後、大口取引先から予定していた入金が遅れ、資金繰りが一気に悪化した。
自分が支払いを待たせる側だった時には、
「それはそちらの事情でしょう」
と平然と言っていた。
ところが自分が同じ立場になると、僕の工場へ来てこう頼んだ。
「この前払った1億円を、少しだけ返してもらえませんか」
もちろん断った。
さらに、それまで支払いを待たされていた複数の協力会社も動き始めた。
未払いと遅延金は積み重なり、取引停止が広がった。
信用を失った会社には新しい仕事も入らなくなり、やがて二度目の不渡りを出して会社は倒産した。
一方、僕の工場には新しい設備が入り、支払いをきちんと守る取引先との仕事が増えていった。
あの半年間、僕が待っていたのは「岸谷社長が払ってくれる日」ではなかった。
彼の会社がなくても、従業員と工場を守れる日だったのだ。