「国際女優」と呼ばれ、日本だけでなく海外にもその名を刻んだ島田陽子さん。彼女の人生を振り返ると、そこには華やかな女優人生だけでは語れない、愛と犠牲、そして孤独の物語がありました。
残された印象的な数字があります。
数億円の借金。
約四半世紀という時間。
そして、母と自分のために用意した一つの墓。
その三つの数字は、島田陽子さんが歩んだ六十九年の人生の重さを物語っています。
1953年、熊本市で生まれた島田さん。本名は中村陽子。三姉妹の長女として育ち、幼い頃から「家族を支える存在」であることを意識していたといいます。
父を亡くした後、彼女の中には「自分が一家の柱にならなければならない」という強い責任感が芽生えていました。
中学生で劇団若草に入り、高校時代には優等生として知られる存在でした。そして1971年、高校三年生の時に転機が訪れます。
ドラマ「続・氷点」のヒロイン公募に応募。応募者は1万2000人以上。その中から選ばれたのが島田陽子さんでした。
作品は高視聴率を記録し、彼女の名前は一気に全国へ広がります。
しかし、人気女優になった彼女には、別の悩みもありました。
「清純派」「優等生」
そう呼ばれ続けることへの葛藤です。
同世代の女優たちが大人の女性の役へ進む中、自分だけが同じイメージの中に閉じ込められているような焦りを感じていました。
1979年、映画「黄金の犬」への出演では、過激な役柄をめぐって苦悩します。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=VEy8tdkIzZg,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]